3.携帯情報端末(ザウルス)を利用した
      ハイブリッド・シームレス・ネットワークの開発

                                       日本アイ・ビー・エム株式会社
1.背景

 遠洋漁業の漁は全世界の海で行われるため、乗組員は長期間自宅へ戻れない。洋上でけがや病気になった場合、軽い場合は船上での治療となり、重い場合は船上で応急処置を施し直ちに最寄りの港に寄港することになる。新聞記事は短波無線でのFAX配信のため、受信状態が悪いときには不鮮明に出力される。地元のニュースなどは週に1回程度で、情報が無いに等しい状況である。
 船舶乗務員は海事衛星を利用し、家族と電話でやりとりが出来るが、通信料金が割高ということもあり、全乗組員の一航海あたりの通信料金は数百万円にのぼるようである。陸上との通信費については相当の負担となっているのが現状である。

 このような背景のもと、
  1.IP技術による各種情報などの洋上配信
  2.けが、船舶故障などの画像を送信しての的確な連絡
  3.海事衛星の効率的利用による通信費の低廉化
を目的とした研究が行われた。

 当研究報告は、総務省の外郭団体である「通信・放送機構(TAO)」の成果展開等研究開発事業として、東北インテリジェント通信鰍ェ受託した研究である。

2.研究の目的
 インターネット網、衛星通信網等が複合したネットワークにおいて、船舶上で陸上と同等の情報配信・交換を実現し、通信インフラ(ハードウェア、通信、ユーザーインターフェース)としての有用性や実用性を検証する。ハイブリッド・シームレス・ネットワークにより、私信(船舶乗組員、先生、生徒と家族)、地元情報(地元新聞記事の配信)、緊急情報(病気、けが、船舶故障等)の陸上〜船舶間での情報交換による情報格差の是正を目指す。

3.衛星通信による「陸上サーバー〜船上サーバー」通信
(1)システム概要
 Lotus社のNotesのコンテンツのリプリケーションという形で衛星通信を利用しての実験を行った。陸上サーバーに登録されたメールや新聞記事を船舶ゲートウェイに送信し、船舶ゲートウェイに登録されたメールや画像を陸上サーバーで受信するという流れとなる。(図1参照)

(2)アプリケーション構成
 サーバーはメールサーバー、Webサーバーとしての機能を持つ必要がある。今回は両方の機能を実装しているNotesDomino(注1)を使用した。メールはNotesデフォルトのDBを使用し、新聞記事・画像は新たにDBを構築した。特に新聞記事DBにはWeb上から登録を行えるような機能を追加している。

                        図1 通信網概要

4.船上ゲートウェイ〜携帯情報端末(ザウルス)
(1)システム概要
 このシステムでは、PSGN(注2)を使用することによって、ザウルス(注3)でユーザーオペレーションを行うようにしている。これによって場所の限られている船舶という環境において複数同時作業が可能になる。
 ユーザーが作成したメールや画像は、いったんザウルスの中に蓄積される。ザウルスをコミュニケーション・ボックスにセットして同期アイコンを押すとNotesDominoサーバーに蓄積された文書をザウルスに受信し、同時にザウルスに蓄積された文書もNotesDominoサーバーに送信される。
 この同期を行う際に双方のデータはいったん、PSGNサーバーに送られ、変換を行ってから送られることになる。

(2)アプリケーション構成
 ザウルスへのPSGNの導入・設定とPSGNサーバーの構築・設定を行うことによってNotesDBをそのままザウルスで使用することができる。画像については、ザウルスに撮影機能があるので、画像データもNotesデータとして船舶ゲートウェイに送信するようにした。各種ログをNotesDBに自動的に取り組む仕組みも作成した。

5.洋上実験結果
 宮城水産高校の実習船(宮城丸)にシステムを搭載し、2001年から3月まで洋上実験を行い、各種データを取得した。
(1)利用者の声(アンケート結果)

 FAXにて全国版のニュース(政治、スポーツ、三面記事等)に加え、毎日の地元新聞記事配信サービスは非常に満足している。(宮城丸乗組員)
 生徒・乗組員皆元気で実習航海中です。新聞記事や家族、友達からのメールが届くのを楽しみにしている。(宮城丸水産教官)
 生徒の無事が直接画像やメールで確認できる。(宮城県水産高校)

(2)メール利用状況について
 従来の通信手段(FAXなど)では、同時に複数の相手との通信は利用できなかった。本システムの蓄積交換技術により、同時に複数の相手先に対する情報の送受信を実現出来る。家族とのリアルタイムでのコミュニケーション、また、緊急時などの複数相手への同時通信が洋上でも可能となり、洋上通信における迅速性、利便性向上への有効な手段ではないかと考えられる。

6.まとめ
 奇しくも洋上実験の期間中に、えひめ丸と米潜水艦との衝突事故が発生した。宮城丸は、同時期に同一海域を航行しており、宮城丸の乗組員・生徒と家族との間の安否確認等に活用された。事故発生直後の収集データによると、メールによる現地状況確認がかなりの頻度で行われ、情報収集に有効に活用された。
 このように、ハイブリッドネットワークシステムを用いた実験により、通信のための物理的環境が通常に比べて劣悪な場合においても高度な通信サービスを提供することが可能であり、これにより大きな社会的効能が発揮できる可能性があることを具体的に示すことができた。本システムが適用された環境(通信がかならずしも開始できない、パケット欠落が頻発する、スループットが制約されている等)では、通信のやりなおしを自由に行うことができる、リプリケーションに基づく蓄積型の通信機構の適用がもっとも現実的な解である。実験において、リプリケーションが実運用に耐え、高い効能があることが実証された。

(注1)NotesDomino:Lotus社の登録商標
(注2)PSGN:日本アイ・ビー・エム(株)がシャープ(株)のザウルス上で、Notesの機能を実現したゲートウェイ用ソフトウェア。ある程度限界はあるものの、基本的にはNotesアプリケーションをそのまま適用することができるので、現状のPC上のDBを変更することなくその処理をザウルス上で行なえる。また、Notes上で開発を行なうことができるので、従来は開発コストや時間のかかった携帯端末の業務プログラムの開発・変更を非常に簡単に行なえるようになった。
(注3)ザウルス:シャープ(株)の登録商標

著者:山田則夫(やまだのりお)
   日本アイ・ビー・エム株式会社
   インダストリアル・システム事業部
   インダストリー&ソリューションズ・NuOffice事業推進部長
   E-mail:YAMADAN@jp.ibm.com
   TEL:03-3808-9135FAX:03-3664-4788

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