2 Webサイトのユーザビリティおよびアクセシビリティに関する調査研究
テクニカルコミュニケーター協会 運営委員長 高橋正明
1.はじめに
テクニカルコミュニケーター協会(TC協会)では、さまざまな年代・環境の方に使いやすいWebサイトの研究を行っています。
最近では、Webサイトがさまざまな年代や身体環境の方にも利用されるようになっていますが、これに伴い、健康な若い層、ITに習熟した層だけへの情報発信では、高齢なお客様などの満足が得られない場合も増えてきています。そこで、実在する商用サイトをモデルにして、そのサイトが高齢者や障害のある方、初心者などにとって見やすいか、使いやすいかの検証を行い、高齢者や障害者のWeb利用上の特徴を明らかにする研究を行っています。
このような研究は、高齢者や障害者のWeb利用の現状や特徴を認識し、新しい発見や視点を見出していくことにより、ユーザーの声を聞きながら一緒にものづくりを行って行くという、人間中心設計の基本であり、ユニバーサルデザインのプロセスに欠かせないものとなります。
2. Web情報のアクセシビリティとその現状
アクセシビリティ(Accessibility)は、「障害を持つ人も利用できるように配慮されているか」という状態を示す時に使われる言葉です。アクセシビリティという言葉には「障害者用」のような健常者と障害者を分けるのではなく、「障害者でも利用可能」のような、全ての人が対象であるという意味を含んでいます。従って、Webのアクセシビリティとは健常者だけではなく、各種障害を持つ人々も、さらには高齢者や子供といった、これまでWebの利用対象としてあまり考えられて来なかった人々も利用できるように作られたWebサイトのことを指します。
通常、Webのユーザー想定はほとんどが健常者=健康な10代〜30代の、パソコンの利用にある程度慣れている男女を設定しているため、これらの対象以外の人には理解できない画面構成、内容、言葉遣いをしていることが良くありますが、2025年には日本の成人人口の半分が50%という高齢社会を迎えるという現実を考えると、高齢者の特徴や高齢に伴う障害(失明、視力の低下など)を配慮したアクセシブルなWeb情報制作は重要です。
Webのアクセシビリティは国際的な標準化団体としてWAI(Web Accessibility Initiative)があります。これはWebの標準化団体W3Cの1組織であり、ここがWebのアクセシビリティに関するガイドライン「Web Contents Accessiblity Guideline」を提言しています。
しかし、Webアクセシビリティについてのガイドラインがあっても、高齢者障害者の特徴や視点を把握していなければ、ガイドラインを十分に活かすことはできません。同様に、ユーザビリティについてもWebに慣れている若い世代と同時に、慣れない高齢者や障害を持ったユーザーの視点で評価することが必要でしょう。
3.研究のアプローチ
本研究の調査に際して、研究メンバーと高齢者・障害者によるメーリングリストを立ち上げ、その中で指定サイトの課題をクリアしながら使い勝手(ユーザビリティ)と、情報の取り易さ(アクセシビリティ)について、意見を出していただきました。そして、このメーリングリストのログに基づき、障害者・高齢者別の特性の整理と、利用したWebサイトの問題点を洗い出しています。
調査の進め方は、次の<表1>に示すとおりです。
4.テストサイト検証結果に関する考察
テストサイトとして決定した書店のWeb情報について、個々のテストメンバーが示した検証結果の概要は、<表2>に示すとおりです。ただし、この表からテスターの持つ障害の分類はわかりますが、必ずしもその障害特有の不具合ではないことに注意してください。
後述の<表2>に基づき全体傾向を考察すると、以下のようにまとめることができます。
(1)過剰なページ内容
トップページについて、「ページの内容が多い」「混み入っていて見づらい」「内容が整理されていない」というものが多く見られました。全盲の人は、1ページの内容が多いと読み上げに時間がかかります。弱視の人は、視界が狭く近寄らないと見えにくい症状があるため、ページ全体を一目で把握することができません。高齢者の方も、長くて整理されていないページは視力的に負担となるので敬遠しています。
(2)購入手順の不明確さ
商用Webサイトの場合「会員登録しなければ、十分な検索もできず、購入もできない。そしてその情報がわかりにくい」というケースを頻繁に見かけます。これは健常者にとっても不便に感じる点ですが、特に高齢者・障害者の場合には、Webをブラウズするのに身体的な負担が大きいため、こうした手順などは手間がかからないように設計する必要があります。
(3)ボタンの設計効果
購入手順に進んでいくページなどでは、次の画面に進むボタンが、画像リンクだったりフォームボタンだったり、ページによって違っているケースがあります。弱視の方にとっては、次へ進むボタンを文字の内容等で探すよりは、同じ形、色のもので次へ進めると操作が楽になります。またボタンは、少し立体感のある形状にし、ボタンである(クリックすると操作できる)とわかるような設計にすることが重要です。
(4)音声ブラウザに配慮した表記や文章表現
ALT属性が指定されていると、音声ブラウザによる検索が可能になります。しかし音声ブラウザでは長音(ー)などを使っているかどうかが聞き取りにくく、原因がわからないまま検索などで迷うことがあります。曖昧な入力でも検索できるよう、前方一致、後方一致検索を充実させておくとより効果があります。
(5)必要な場所に適切な情報を配置
あたりまえのようなことができていない事が多く、特に書籍購入手続き上不安になるような以下の情報不足が多く見られました。
・書籍の記載が不十分で、購入判断できない。
・送料に関する説明がトップページにしかない。
・在庫の確認ができない。
(6)前景色と背景色の色使い
弱視の方から、トップページの色彩は同系色の前景、背景色で、見づらいとの声がありました。しかし、あまり色を使いすぎるページは逆に目に負担がかかります。色を控えながらも、重要な項目には色も利用して強調。同系色を使う場合にもコントラストを強くするなどの配慮が必要です。
(7)キャンセル方法がわかりにくい
誤った書籍を買ったことに気づいたが、キャンセル方法がなかなかわからず苦労した、またやっとわかったキャンセル方法も実に複雑だったという報告がありました。特に高齢者・障害者の場合、手順の勘違いや、確認ミスなどで誤った注文をする恐れがあります。キャンセル方法を簡単にし、目立つところに配置してオンラインショッピングに対する不安感を払拭しなければなりません。
(8)カード決済への抵抗感
カード決済に抵抗を覚える報告が多くありました。一般的になっているWebへのカード番号の入力に抵抗を感じる方が多いのです。高齢の方は、Webへの信頼について保守的な傾向があり、また障害者の場合はカードを所有していない方も多いのです。決済手段にはカード以外の方法も用意する必要があります。
5.障害別の特性
Webサイトの検証結果を考察すると、一般的に以下のような障害別の特性があることがわかります。
(1)全盲
全盲の方は、音声ブラウザやテキストブラウザを使用してWebを閲覧しています。これらのブラウザは、Webページのタイトル、ページのテキスト、ALT属性の内容を読み上げます。全体を把握するためには、すべてを読まなければならないため時間がかかります。
全盲の方も使いやすいWebサイトを作るには、少なくともALT属性をつけ、その上で音声ブラウザを用意し、出来上がったページを一度音声で聞いてみることが大切です。音声で聞いてみると、画面では理解できていた内容も、文章が前後して意味が通じなくなることがあります。また視覚的な指示表現(下部を参照、赤い文字を参照)は、使わないようにします。
音声ブラウザは、必ずしも現行のWeb技術に対応しているとは言えません。フォーム送信なども場合によっては失敗することがあるため、こうした場合を考慮し、ユーザーの注文方法としてはフォーム送信以外に電話、FAX、E-MAILなどの方法を用意しておくことが望ましいと思われます。
(2)弱視
弱視は個人差の大きい障害です。Webの閲覧についても、画面上の文字を拡大する方もいれば、コントラストや配色を変更する人、音声ブラウザを利用する人もいます。視覚的に負担が大きく、全体像を一目で把握することが苦手です。
弱視の方向けのWebサイト作りには、彼らの特徴を考慮し、色のコントラストや情報の配置に 注意する必要があります。前景色と背景色の文字のコントラストを強くしたり、決済方法や送料などの重要な情報は、これに関する内容が出てきたときに、近くに目立つように配置しておくことが重要です。各ページの内容を整理して同じカテゴリーの情報をまとめ、ページ内を探し回ることがないように、重要な情報は目立つように配置しておくことが大切です。
(3)肢体不自由
今回のテストの被験者は、下肢障害で車椅子利用の方だったため、車椅子に限って言えば、Webの利用は健常者と変わりません。そのため今回のコメントは一般のWeb利用者としての内容ですが、外出が困難な肢体障害の方にとってオンラインショッピングは、今後活用したいWebの利用方法の一つと思われます。
車椅子の方の中には頚椎損傷などの原因により、上肢にも麻痺を持っている方もいます。上肢麻痺の場合は軽度でもマウス操作ができない、あるいはキーボードが使えないなどの制限があるため、キーボードだけの操作で使えるようなWeb作り、高度なマウス操作を必要としない画面作りが必要となります。
(4)高齢者
高齢になると、視力の低下(老眼、白内障など)、理解力や記憶力の低下、パソコン操作の不慣れや、動作がスムーズにできないなど、軽度障害に似た症状が次第に強くなります。また新しい用語や外来語についての知識にも遅れ気味です。
これらを考慮し、見やすい、わかりやすい、安心できるWebサイト作りを心がけることが必要です。
高齢者にとってオンラインショッピングは若い世代以上に慣れていない方が多く、またオンラインショッピングの利用に対しては慎重で保守的です。ショッピングサイトに見られるフォームやメールだけのやり取り、クレジットカードによる決済に抵抗を覚える方も少なくありません。
オンラインショッピングとはいえ、店員の存在が感じられるような1対1の対応を充実させ、安心感を与える必要があります。こうした点をクリアした上で、オンラインショッピングならではのメリットを感じされば利用は拡大できると思います。
6.今後の展望
これまでの研究では、限られた期間にユーザーの声をランダムにとるという方法を取っています。これは普段高齢者や障害者のWebに関する意見を聞くことがない研究メンバーにとっては新鮮な方法ですが、テストの準備や手順が手探りのためまだ十分な意見の吸い上げができていません。今後は、既存のサイトに対する評価という受動的なテストではなく、試験的にいくつかのパターンのWebサイトを作成して使いやすさや見やすさなどに関する客観的な評価基準を作成して行きたいと思います。
連絡先
テクニカルコミュニケーター協会
〒169-0073 東京都新宿区北新宿4-8-16
北新宿君嶋ビル12F-A
TEL:03-3368-4607 FAX:03-3368-5087
URL http://www.jtca.org/
<表1> 調査の進め方
項 目
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調査内容
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(1) テストサイトの決定 | 高齢者・障害者に検証してもらうためのWebサイトの決定。公開されている商用Webサイトの中からテストメンバーが平均的に関心を持てるサイトという観点から、書店のWebサイトを選ぶ。 |
(2) 高齢者・障害者メンバーの募集 | 登録されている高齢者・障害者メンバーの中から参加希望者を募った。 |
(3)テストサイトにおける課題(タスク)の設定 | 書店のWebサイトから本を購入してもらうにあたり、購入のときに本を選んで迷うことのないようにするため事前にターゲットとなる図書について回答してもらった。 |
(4)テストメンバーによるWebサイトの検証 | 購入する本を決定した後に、実際に高齢者・障害者メンバーに各自指定Webサイトで書籍を購入してもらった。そのプロセスに関して、いくつかの設問に回答をもらいながら問題を掘り下げた。 テストは2段階に分け、1部では「本を探す」、2部では「探した本を購入する」という2つのプロセスについて実施した。 |
(5)メーリングリストログの集計 | このメーリングリストの中で出てきたサイトの問題点やWeb利用上の問題点を拾い出し、障害、ユーザ特性、画面構成、発生した不具合の特徴などの項目に分類して考察した。 |
(6)参加テストメンバーへの個別質問 | 上記(5)までの手続きの中では、指定したWebサイトに特化した問題を中心に整理することになるが、更に普遍的な観点から高齢者・障害者ユーザーのWeb利用上の現状について、個別質問を行った。 |
(7)障害者別特徴のまとめ | 個別質問結果を元に、障害別のWebの見方、Web構成要素別の配慮点をまとめた。 |
<表2>検証結果の概要
カテゴリ
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概 要(テスター特性)
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入力フォーム | 確定ボタンが画面に収まらなかった。 (主 婦) 入力内容がフォームのサイズからはみ出す。 (高 齢) 画面入力フォームが統一されていない。 (主 婦) |
ページの内容伝達 | 非常にこみいっていて見づらい。 (弱 視) リンクが多く、整理されていない。 (弱 視) 見かけ上の同一サイトでサービスの方法が異なる。 (弱 視) 時期はずれな内容が載っているため、情報の新鮮さが失われた感じがする。 (弱 視) 内容が羅列されているために、ユーザーに伝わらない。 (全 盲) 検索結果の内容の詳細がないため、同タイトルのものの違いが出ない。 (全 盲) トップページの内容がわかりにくい。情報が整理されていない。 (高 齢) |
ユーザ動作への配慮 | 表示ボタンがわかりにくい。 (車椅子) ナビゲーションに関する表示がリンクボタンに見える。 (車椅子) ボタンが見つけにくい。 (車椅子) 手順がユーザーフレンドリーではない。 (車椅子) 手順がユーザーフレンドリーでない。 (弱 視) キャンセル方法がわからない。 (高 齢) 音声での利用について。 (全 盲) |
文章表現 | 表記のゆれで検索ができない。 (車椅子) 文章の内容が2通りに読み取れる。 (主 婦) ハイフンと長音をきちんと区別していないため、音声ブラウザ使用者には違和感がある。 (全 盲) |
ライティング | 「入会規約」は音声ブラウザを使用する場合には特別面倒と感じられない。 (全 盲) |
情報の適切な配置 | 売れ筋より、書籍カテゴリを充実させて欲しい。 (弱 視) 検索結果の表示画面では、在庫の確認を行うことができない。 (車椅子) サイトに掲載されている書籍情報だけからは、書籍の内容を把握することが難しい。 (車椅子) 書籍の詳細情報を掲載しているはずのページに、書籍の内容に関する記載がないため、 書籍の内容を比較・購入することができない。 (主 婦) オンラインでの購入決定に際して必要な情報が、すぐにそれと分かる場所に掲載されていない。 (主 婦) 分野別の本の分類がなされていないため、本を探しにくい。 (弱 視) 書籍に関する詳細な情報が記載されていないため、内容を判断できない。 (弱 視) 「買い物かご」に入れた段階で,出版年月日を「最新のもの希望」と表示する欄が欲しい。 (高 齢) キャンセル方法が複雑すぎる。 (高 齢) |
検索機能 | キーワード検索しかできない。 (車椅子) |
バージョン対応 | 利用ブラウザに指定条件があるのに案内がない。 (車椅子) 最新版がわからない。 (弱 視) |
レイアウト | 文字・背景色に配慮が不足している。 (弱 視) 使用ブラウザに条件があるが、案内がない。 (弱 視) |
文字 | 文字サイズを変更するとデザインが崩れる。 (弱 視) 価格などの重要な情報は太い文字に。 (弱 視) |
個人情報の入力 | カード以外の決済手段を用意して欲しい(対象サイトには用意されている)。 (車椅子) 個人情報をFAXで送る事に対し抵抗感を感じる。 (高 齢) 会員登録時にクレジットカード番号を入力することに対し抵抗感がある。 (高 齢) |
フィードバック | 注文手配状況が自明ではなく、自分で確認しなければならない状況がある。 (車椅子) Webからの注文に対して、受注段階で確認メールを顧客に出すべきなのにない。 (主 婦) 問い合せ先が2カ所あり、おのおのの時間がずれていたり、実運用と異なる。 (高 齢) |
その他 | 見かけ上の同一サイトでサービスの方法が異なる。 (弱 視) リアル店舗の補完になるほど便利ではない。 (車椅子) 「オンライン書店」に行かずに「リアル書店」に行ってしまう。 (高 齢) |